て冷然と、「まあ、いいやうにして置いて下さい。」と言ひ放つて母屋へ引き上げ、蒲団かぶつて寝てしまつたが、すぐに起き上り、雨戸の隙間から、そつと畑を覗いてみた。菊は、やはり凛乎と生き返つてゐた。
 その夜、陶本三郎が、笑ひながら母屋へやつて来て、
「どうも、けさほどは失礼いたしました。ところで、どうです。いまも姉と話合つた事でしたが、お見受けしたところ、失礼ながら、あまり楽なお暮しでもないやうですし、私に半分でも畑をお貸し下されば、いい菊を作つて差し上げませうから、それを浅草あたりへ持ち出してお売りになつたら、よろしいではありませんか。ひとつ、大いに佳い菊を作つて差し上げたいと思ひます。」
 才之助は、けさは少からず、菊作りとしての自尊心を傷つけられてゐる事とて、不機嫌であつた。
「お断り申す。君も、卑劣な男だねえ。」と、ここぞとばかり口をゆがめて軽蔑した。「私は、君を、風流な高士だとばかり思つてゐたが、いや、これは案外だ。おのれの愛する花を売つて米塩の資にする等とは、もつての他です。菊を凌辱するとは、この事です。おのれの高い趣味を、金銭に換へるなぞとは、ああ、けがらはしい、お断り申す。
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