清貧譚
太宰治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)馬山《まやま》
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以下に記すのは、かの聊斎志異の中の一篇である。原文は、千八百三十四字、之を私たちの普通用ゐてゐる四百字詰の原稿用紙に書き写しても、わづかに四枚半くらゐの、極く短い小片に過ぎないのであるが、読んでゐるうちに様々の空想が湧いて出て、優に三十枚前後の好短篇を読了した時と同じくらゐの満酌の感を覚えるのである。私は、この四枚半の小片にまつはる私の様々の空想を、そのまま書いてみたいのである。このやうな仕草が果して創作の本道かどうか、それには議論もある事であらうが、聊斎志異の中の物語は、文学の古典といふよりは、故土の口碑に近いものだと私は思つてゐるので、その古い物語を骨子として、二十世紀の日本の作家が、不逞の空想を案配し、かねて自己の感懐を託し以て創作也と読者にすすめても、あながち深い罪にはなるまいと考へられる。私の新体制も、ロマンチシズムの発掘以外には無いやうだ。
むかし江戸、向島あたりに馬山《まやま》才之助といふ、つまらない名前の男が住んでゐた。ひどく貧乏である。三十二歳、独身である。菊の
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