うとしたが、才之助は固く少年の袖をとらへて、
「待ち給へ。そんな事なら、なほさら私の家へ来てもらはなくちやいかん。くよくよし給ふな。私だつて、ひどく貧乏だが、君たちを世話する事ぐらゐは出来るつもりです。まあ、いいから私に任せて下さい。姉さんも一緒だとおつしやつたが、どこにゐるんです。」
 見渡すと、先刻は気附かなかつたが、痩馬の蔭に、ちらと赤い旅装の娘のゐるのが、わかつた。才之助は、顔をあからめた。
 才之助の熱心な申し入れを拒否しかねて、姉と弟は、たうとうかれの向島の陋屋に一まづ世話になる事になつた。来てみると、才之助の家は、かれの話以上に貧しく荒れはててゐるので、姉弟は、互ひに顔を見合せて溜息をついた。才之助は、一向平気で、旅装もほどかず何よりも先に、自分の菊畑に案内し、いろいろ自慢して、それから菊畑の中の納屋を姉弟たちの当分の住居として指定してやつたのである。かれの寝起きしてゐる母屋は汚くて、それこそ足の踏み場も無いほど頽廃してゐて、むしろ此の納屋のはうが、ずつと住みよいくらゐなのである。
「姉さん、これあいけない。とんだ人のところに世話になつちやつたね。」陶本の弟は、その納屋で
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