「さうですかね。私は、やつぱり苗が良くなくちやいけないと思つてゐるんですが。たとへば、ですね、――」と、かねて抱懐してゐる該博なる菊の知識を披露しはじめた。少年は、あらはに反対はしなかつたが、でも、時々さしはさむ簡単な疑問の呟きの底には、並々ならぬ深い経験が感取せられるので、才之助は、躍起になつて言へば言ふほど、自信を失ひ、はては泣き声になり、
「もう、私は何も言ひません。理論なんて、ばからしいですよ。実際、私の作つた菊の花を、お見せするより他はありません。」
「それは、さうです。」少年は落ちついて首肯いた。才之助は、やり切れない思ひである。何とかして、この少年に、自分の庭の菊を見せてやつて、あつと言はせてやりたく、むずむず身悶えしてゐた。
「それぢや、どうです。」才之助は、もはや思慮分別を失つてゐた。「これから、まつすぐに、江戸の私の家まで一緒にいらして下さいませんか。ひとめでいいから、私の菊を見てもらひたいものです。ぜひ、さうしていただきたい。」
少年は笑つて、
「私たちは、そんなのんきな身分ではありません。これから江戸へ出て、つとめ口《ぐち》を捜さなければいけません。」
「そん
前へ
次へ
全20ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング