行くならば、帳面が何冊あつても足りないくらゐであつた。才之助は絶望した。
「お前のおかげで、私もたうとう髪結ひの亭主みたいになつてしまつた。女房のおかげで、家が豊かになるといふ事は男子として最大の不名誉なのだ。私の三十年の清貧も、お前たちの為に滅茶滅茶にされてしまつた。」と或る夜、しみじみ愚痴をこぼした。黄英も、流石に淋しさうな顔になつて、
「私が悪かつたのかも知れません。私は、ただ、あなたの御情にお報いしたくて、いろいろ心をくだいて今まで取計つて来たのですが、あなたが、それほど深く清貧に志して居られるとは存じ寄りませんでした。では、この家の道具も、私の新築の家も、みんなすぐ売り払ふやうにしませう。そのお金を、あなたがお好きなやうに使つてしまつて下さい。」
「ばかな事を言つては、いけない。私ともあらうものが、そんな不浄なお金を受け取ると思ふか。」
「では、どうしたら、いいのでせう。」黄英は、泣声になつて、「三郎だつて、あなたに御恩報じをしようと思つて、毎日、菊作りに精出して、はうばうのお屋敷にせつせと苗をおとどけしてはお金をまうけてゐるのです。どうしたら、いいのでせう。あなたと私たちと
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