は、まるで考へかたが、あべこべなんですもの。」
「わかれるより他は無い。」才之助は、言葉の行きがかりから、更に更に立派な事を言はなければならなくなつて、心にもないつらい宣言をしたのである。「清い者は清く、濁れる者は濁つたままで暮して行くより他は無い。私には、人にかれこれ命令する権利は無い。私がこの家を出て行きませう。あしたから、私はあの庭の隅に小屋を作つて、そこで清貧を楽しみながら寝起きする事に致します。」ばかな事になつてしまつた。けれども男子は一度言ひ出したからには、のつぴきならず、翌る朝さつそく庭の隅に一坪ほどの掛小屋を作つて、そこに引きこもり、寒さに震へながら正座してゐた。けれども、二晩そこで清貧を楽しんでゐたら、どうにも寒くて、たまらなくなつて来た。三晩目には、たうとう我が家の雨戸を軽く叩いたのである。雨戸が細くあいて、黄英の白い笑顔があらはれ、
「あなたの潔癖も、あてになりませんわね。」
 才之助は、深く恥ぢた。それからは、ちつとも剛情を言はなくなつた。墨堤の桜が咲きはじめる頃になつて、陶本の家の建築は全く成り、さうして才之助の家と、ぴつたり密着して、もう両家の区別がわからな
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