さんがひとり寝ている。
「突くのけええ、」と、しゃがれた声で言うのである。「突くんだば、ここの押入れん中ん球、取ってくれせええ。」
僕は逃げようかと思った。けれども兄さんは、のこのこ奥の部屋へはいって行って、婆さんの寝床を踏み越え、押入れをあけ、球を取って来たのには驚いた。兄さんも、たしかにきょうは、どうかしている。一ゲエムだけやろうという事になったが、黒ずんだ羅紗《らしゃ》の上をのろのろ歩く球が、なんだか生き物みたいで薄気味が悪くなって来て、勝負のつかぬうちに、よそうや、よそう、と言って、外に出てしまった。そばやへはいって、ぬるい天ぷらそばを食べながら、
「どうしたんだろう、今夜は。意志と行動が全く離れているみたいだ。僕の頭が、変になっているのかしら。」と僕が言ったら、兄さんは、
「なにせ、進が大学生になったというところあたりから、きょうは、あやしい日だという気がしていたよ。」と、にやにや笑って言った。
「あ、いけねえ!」僕は図星《ずぼし》をさされたような気がした。
きょうの怪奇の原因は、片貝の町よりも、やっぱり僕が少しのぼせているところにあったのかも知れない。それにしても、兄さ
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