うは何だか、どこを歩いてみても、足が地についていない感じだった。ふわふわ雲の上を歩いているような感じだった。兄さんも、「僕もきょうは、そんな感じがするぜ。」と言っていた。夜は、二人で片貝の町へ行ってみて、おどろいた。まるで違っているのだ。昔の片貝の町の姿ではなかった。まさか、僕がけさの夢のつづきを見ているのでもあるまい。町は、見るかげも無く、さびれているのだ。どこもかしこも、まっくらなのだ。そうして、シンと静まりかえっている。人の気配もない。五年ほど前の夏には避暑客でごったかえしていた片貝の銀座も、いまは電燈《でんとう》一つ灯《とも》っていない。まっくらである。犬の遠吠《とおぼえ》も、へんに凄《すご》い。季節のせいばかりでなく、たしかに片貝の町そのものが廃《すた》れたのだ。
「狐《きつね》にだまされているみたいだね。」と僕が言ったら、兄さんは、
「いや、本当にいま、だまされているのかも知れん。どうも変だ。」と真面目《まじめ》に言った。
 昔からの馴染《なじみ》の、撞球場《どうきゅうじょう》にはいってみた。暗い電球が一つともっているだけで、がらんとしている。奥の部屋に、見知らぬ婆《ばあ》
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