年の修業だ。やって行けるかい?」
「やって行きます。」
「そうか。」兄さんは溜息をついた。「それなら、まず、R大学へも行け。卒業するしないは別として、とにかく、R大学へはいりなさい。大学生生活も少しは味わって置いたほうがいいよ。約束するね。それから、いますぐ、映画なんかのほうへ行こうと思わず、五六年、いや、七八年でも、どこか一流のいい劇団へかよって、基本的な技術を、みっちり仕込んでもらうんだ。どこの劇団へはいるか、そいつは、またあとで二人で研究しよう。そこまでだ。不服は無いだろう。兄さんは眠くなって来たよ。眠ろう。もう十年くらい、細々ながら生活するくらいのお金はある。心配無用だ。」
 僕は、僕の将来の全部の幸福の、半分、いや五分の四を、兄さんにあげようと思った。僕の幸福は、これではあまり大きすぎるから。
 けさは七時に起きた。こんなすがすがしい朝は、何年振りだろう。兄さんと二人で砂浜へ裸足《はだし》で飛んで出て、かけっこをしたり、相撲をとったり、高飛びをしたり、三段飛びをしたり、ひるすぎからは、ゴルフなるものをはじめた。ゴルフと言っても本式のものではない。インク瓶《びん》に布を厚く巻い
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