ているような気がしているんだけど、具体的に、なんだか、わからない。」
「映画俳優。」
「まさか。」僕は、ひどく狼狽《ろうばい》した。
「そうなんだよ。お前は映画俳優になりたいんだよ。何も悪い事がないじゃないか。日本一の映画俳優だったら、立派なものじゃないか。お母さんも、よろこぶだろう。」
「兄さん、怒ってるの?」
「怒ってやしない。けれども、心配だ。非常に心配だ。進、お前は十七だね。何になるにしても、まだまだ勉強しなければいけない。それは、わかってるね?」
「僕は兄さんと違って、頭がわるいから、ほかには何も出来そうもないんだ。だから、俳優なんて事も、考えるのだけど、――」
「僕がわるいんだ。僕が無責任に、お前を、芸術の雰囲気《ふんいき》なんかに巻き込んでしまったのがいけなかったんだ。どうも不注意だった。罰だ。」
「兄さん、」僕は少しむっとした。「そんなに、芸術って、悪いものなの?」
「失敗したら悲惨だからねえ。でもお前は、これから、その方の勉強を一生懸命にやって行くつもりならば、兄さんだって、何も反対はしないよ。反対どころか、一緒に助け合って勉強して行こうと思っている。まあ、これから十
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