て、なんだか、もうすぐ全快するのではないかとさえ思われるくらいだ。うれしい事だ。僕がいなくなっても力を落さず、かならず、進の成功を信じて気楽にしていて下さい。僕は、決して堕落しません。かならず世に打ち勝ちます。いまに、うんとお母さんを喜ばせてあげます。さようなら。机よ、カーテンよ、ギタよ、ピエタよ。みんな、さようなら。泣かずに、僕の首途《かどで》を笑って祝福しておくれ。
 さらば。


 四月四日。火曜日。
 晴れ。僕はいま、九十九里浜《くじゅうくりはま》の別荘で、とても幸福に暮している。きのう、兄さんに連れられてやって来たのだ。きのう午後一時二十三分の汽車で両国を立ち、生れてはじめての旅行のように窓外の風景を、胸をおどらせて絶えずきょろきょろ眺《なが》めていた。両国を立って、しばらくは、線路の両側にただ工場、また工場、かと思えばその間に貧しい小さい家が、油虫のように無数にかたまって建っている、と思うと、ぱらりと開けてわずかな緑地が見えてサラリイマンの住宅らしい赤瓦《あかがわら》の小さな屋根が、ちらりほらり見える。僕は、このごみっぽい郊外に住んでいる人たちの生活に就いて考えた。ああ、民
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