か》いた。
「ごめん、ごめん、ごめん。」僕は兄さんの頸《くび》を抱いてわあわあ泣いていた。
書生の木島さんが僕を部屋にかつぎ込んで来て、僕の洋服を脱がせてくれながら、
「無理ですよ。ねえ、まだ十七なのに、無理ですよ。お父さんでも、いらっしゃったら、ねえ。」と小さい声で言うのである。何か誤解しているらしかった。
「喧嘩《けんか》じゃないよ。ばか。喧嘩じゃないよ。」と僕は、泣きじゃくりながら何度も言った。木島なぞには、わからない。木島さんに蒲団《ふとん》を掛けてもらって、寝た。
僕はいま、寝床に腹這《はらば》いになって、この「最後」の日記をつけている。もういいんだ。僕は、家を出るんだ。あしたから自活だ。この日記帳は、僕の形見《かたみ》として、この家に残して行こう。兄さんが読んだら泣くだろう。佳《よ》い兄さんだった。兄さんは、僕が八つの時から、お父さんの身代りになって僕を可愛《かわい》がり、導いて下さった。兄さんがいなかったら、僕はいまごろ、凄《すご》い不良になっていたかも知れない。兄さんがしっかりしているから、お父さんも、あの世で、安心しているだろう。お母さんも、このごろ工合がよくなっ
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