。けれども、斎藤先生(これからは斎藤先生と呼ぼう)の奇妙に嗄《しわが》れた一喝に遭って、この二、三日の灰色の雲も、ふっ飛んだ感じだ。ひとりでやろう。春秋座。けれども、それでは一体、どうすればいいのか、まるで見当がつかない。兄さんも、当惑しているようだ。ゆっくり春秋座を研究してみましょう、というのが今夜の僕たちの結論だった。
 思いがけない事ばかり、次から次へと起ります。人生は、とても予測が出来ない。信仰の意味が、このごろ本当にわかって来たような気がする。毎日毎日が、奇蹟《きせき》である。いや、生活の、全部が奇蹟だ。


 五月十四日。日曜日。
 曇。のち、晴れ。二、三日、日記を休んだ。別に変りはなかったからである。このごろ、なんだか気分が重く、以前のように浮き浮き日記を書けなくなった。日記をつける時間さえ惜しいような気がして来て、自重とでも言うのであろうか、くだらぬ事をいちいち日記に書きつけるのは、子供のままごと遊びのようで悲しい事だと思うようになった。自重しなければならぬと、しきりに思う。ベートーヴェンの言葉だけれども、「お前はもう自分の為《ため》の人間であることは許されていない。」
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