って、日記をつける。われ、大学に幻滅せり。どうしてもそれを書きたかったのだ。腕がだるい。いまは夜の八時である。頭がハッキリしていて、眠れそうもない。
四月二十五日。火曜日。
晴れ。風強し。きょうは学校を休む。兄さんも、休んだほうがいいと言う。熱はもう何も無いので、寝たり起きたり。
事件というのは、姉さんが鈴岡《すずおか》さんと別れたいと言い出した事である。直接の原因は、何も無いようだ。ただ、いやだというのだ。いやだという事こそ、最も重大な原因だと言って言えない事もないだろうけど、具体的に、これという原因はないらしい。それだから、兄さんは、とても怒ったのである。姉さんを、わがままだと言って、怒ったのである。鈴岡さんに、すまないというのであろう。鈴岡さんの方では、別れる気なんか、ちっとも無い。とても姉さんを気にいっているらしい。けれども姉さんは、理由もなく、鈴岡さんをきらってしまったのだ。僕だって、鈴岡さんを好きではないけど、でも、姉さんも、こんどは少しわがままだったのではないか、と僕も思う。兄さんの怒るのも、無理がないような気がする。姉さんはいま、目黒のチョッピリ女史のところにいる。麹町《こうじまち》の家には来てもらいたくないと、兄さんがはっきり断った様子である。そうしたら、すぐに荷物を持って、チョッピリ女史のところへ行き、落ちついてしまったのである。どうも、こんどの事件には、チョッピリ叔母さんが陰で糸をひいているように、僕には、思われてならない。鈴岡さんは、ひどく当惑しているらしい。兄さんも、さすがに苦笑して話していたが、鈴岡さんは部屋を掃除し、俊雄君は、ごはんを炊《た》いて、その有様は、とても深刻で、気の毒なのだけれど、どうも異様で、つい噴き出したくなる程だそうだ。それはそうだろうと思う。柔道四段が尻端折《しりはしょり》して障子にはたきをかけ、俊雄君は、あの珍らしい顔を、淋《さび》しそうにしかめて、おさかなを焼いている図は、わるいけど、想像してさえ相当のものである。気の毒だ。姉さんは帰ってやらなければならぬ。何も原因は無い、という事だが、あるいは何か具体的な重大な原因があるのかも知れぬ。そんなら、みんなでその原因を検討し、改めるべきは改めて、円満解決を計ったらいいのだ。どうも、誰も僕に相談してくれないので、実に、じれったい。事の真相さえ、僕には何も報告さ
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