き給え。そうして、みんな飲んでしまってくれ。」
「いや、一緒に飲もう。今夜、君がこれをさげて僕の家へ遊びに来てくれたら、一ばん有難いんだがな。」
「それは、ごめんだ。それだけは、まっぴらだ。二、三日経ってからなら。」
「じゃあ、二、三日経ってからでもいいから遊びに来てくれ。この酒は要《い》らないよ。僕の家にだってあるだろう。」
「無い、無い。金木にはいま、まるっきり清酒が無いんだ。とにかくきょうは、この酒を君が持って行かなくちゃいけない。」
 私たちは金木駅に着くまで、その一升の清酒にこだわった。
 結局、そのお酒は慶四郎君が持って行く事になったが、そのかわり、私も二、三日中に慶四郎君の家へ遊びに行かなければならなくなった。
 そうして約束どおり私は三日後に、慶四郎君の家を訪ねたのであるが、彼は私の贈った清酒一升には少しも手をつけずに私を待っていてくれた。私たちは早速《さっそく》その一升を飲みはじめ、彼の大柄でおとなしそうな細君にも紹介せられ、また十三の男の子をかしらに、三人の子供も見せてもらった。
 そうしてその夜、私は次のような話を彼から聞いた。

 中支に二年、南方に一年いたが、
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