「君がきょう帰るのを、君のうちでは知っているのか。」
「知らないだろう。近く帰れるようになるかも知れんという事は葉書で言ってやって置いたが。」
「それはひどいよ。妻子も、金木の家へ来ているんだろう?」
「うん、召集と同時に女房と子供は、こっちの家へ疎開《そかい》させて置いた。なあに、知らせるに及ばんさ。外国|土産《みやげ》でもたくさんあるんならいいけど、どうもねえ、何もありやしないんだ。」と言って、顔をそむけ、窓外の風景を眺める。
「これを持って行き給え。ね、これは上等酒だとかいう話だよ。持って行き給え。金木にもね、いまはお酒はちっとも無いんだよ。これを持って行って、久し振りで女房のお酌《しゃく》で飲むさ。」
「君のお酌なら、飲んでもいいな。」
「いや、僕は遠慮しよう。細君から邪魔者あつかいにされてもつまらない。とにかくこれは持って行ってくれ。君がきょう帰るという事を家に知らせていないとすると、君の家では、きょうはお酒の支度《したく》が出来ないにきまっている。君は、お酒を飲みたいんだろう? どうも、さっきからこの風呂敷包を見る君の眼がただ事でなかったよ。飲みたいに違いないさ。持って行
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