やだ。も少し、気のきいたことを言ってもらいたいね。どうせ、その金は、君のものさ。僕の負けさ。どうも、不言実行には、かなわない。」私は、しきりと味気《あじけ》なかった。
「金を出せ。」また、言った。
私は、声のほうへ、ふりむいて、
「ばか! いい加減にしろ! 僕は、ほんとうに怒るぞ。僕は、なんでも知っている。君みたいな奴と、あんまり、あと腐りの縁を持ちたくないから、僕は、さっきから、ばかみたいに、いい加減にとぼけていたのだ。僕は、すっかり知っている。君は、女だ。君は、きょうの夕方、その窓の外で、パリパリと低い音たてて傘をひらいた。あの、しのぶような音は、絶対に女性特有のものだ。男が傘をひらくときは、どんなに静かにひらいても、あんな音は、できないのだ。君は、夕方あらかじめ、僕の家の様子を、内偵しに来たのだ。それにちがいない。君は、僕の家のぐるりをも、細密に偵察した。お隣りの、あのよく吠える犬が、今夜に限って、ちっとも吠えないところを見れば、君は、ゆうべ、あの犬に毒|饅頭《まんじゅう》を食わせてやったにちがいない。むごいことをする奴だ。僕は、ゆうべ、塀の上から覗きこんでいる君の顔を、ちゃん
前へ
次へ
全62ページ中51ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング