にうんと優しくされて家を出て、さて、なんにも、あてがない。苦しいからなあ。覚えが有るよ。このまま、手ぶらでも、けえられめえ。」私は、もはや、やけくそで、ことさらに下品な口調で言って、「あれも、一種の地獄だあね。どうだい、ちっとは、恥ずかしく思えよ。どだい女房に、まことしやかの嘘をつくのが、けちくさいじゃないか。そんなに女房の喜ぶ顔を拝みたいのかね。君は、女房に惚《ほ》れているな。女房は、君には、すぎたる逸物《いちもつ》なんだろう。え? そうだろう?」そんなに、べらべら、しつこく、どろぼうに絡《から》みついているわけは、どろぼうは、何も言わず、のこのこ机の傍にやって来て、ひき出しをあけて、中をかき廻し、私の精一ぱいのいやがらせをも、てんで相手にせず、私は、そのどろぼうの牛豚のような黙殺の非礼の態度が、どうにも、いまいましく、口から出まかせ、ここぞと罵言《ばげん》をあびせかけていたのである。どうせ、二十円を取られるのだ。ちっとは、悪口でも言ってやらなければ、合わない、と思った。どろぼうは、既に財布《さいふ》を捜し当てた様子で、
「もっとないか。」
「興覚めるね。だから、僕は、リアリストはい
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