、お金が無いのだ。」いやしい嘘言である。
「あります。」どろぼうは、もそりと言った。
私は、飛び上るほど、ぎょっとした。
「やあ、君は、」思わず大声になってしまって、「君は、どんな根拠があって、そんな、失敬なことを言うのだ。だいたい、失敬じゃないか。僕の家に、お金が在ろうが無かろうが、君は、それに容喙《ようかい》する権利は、ないのだ。君は、一体、誰だ!」極度の恐怖は、何か、怒りに似た絶叫をも、巻き起すものらしい。おびえる犬の吠えるのも、この類《たぐい》である。
どろぼうは、すっと立って、
「金を出せ。」こんどの声は、充分に、凄《すご》く気味わるいものであった。
「出すさ。あったら、出すさ。」さすが守銭奴の私も、この暗中の、ただならぬ険悪の気配には、へたばった。それに自身の、守銭奴ぶりも、あさましくなって来て、「そんなに金が、ほしいのかね。待っている女房、子供もあるんだろう。僕にも覚えが有るよ。女房がヒステリイみたいに口やかましく、君の働きのなさを痛罵《つうば》するものだから、君も大きいこと言って、何か真顔で、きょうすぐお金がはいるあてがあるなんて、まっかな嘘ついて女房を喜ばせ、女房
前へ
次へ
全62ページ中49ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング