である。人と行楽を共にする場合でも、決して他人の切符までは、買ってあげない。自分ひとりの切符を、さっさと買ってすましている。下駄ひとつ買うのにも、ひとつきまえから、研究し、ほうぼうの飾窓を覗いてみて、値段の比較をして、それから眼をつぶって大決意を以《も》って、下駄の購買を実行する。下駄のながもちする履《は》きかたも、私は、ちゃんと知っている。路を行くときは、きわめてゆっくり歩く。それは、着物の裾《すそ》まわしのすり切れないよう、用心している形なのである。人は、私の守銭奴《しゅせんど》ぶりに、呆《あき》れて、憫笑《びんしょう》をもらしているかも知れないけれど、私は、ちっとも恥じていない。私は、無理をしたくないのだ。このごろは、作品の掲載以前に、雑誌社へお金をねだることも、決してしない。なるべく、知らぬふりをしている。くれなければ、くれないでいい。あとは、書かぬだけだ。世の中は、私にそれを教えた。人に頭をさげて、金銭のことをたのむということは、これは、実に実に、恐ろしいことなのだ。戦慄《せんりつ》の悲惨である。私は、いまこそ、それを知った。作品で、大金を得るということは、なかなか至難のこと
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