ってしまった。「どろぼうは、第一に、勘だね。これが、なくちゃいけない。君は、僕に、お金があると思っているのかね? たとえば、この机のひき出しに、お金がいくらはいっているか。」はっと口をつぐんだ。自身の言いすぎに気がついたのである。私の机のひき出しの中には、二十円はいっているのである。これは四月末日までの、私たちの生活費の全部である。これを失えば、私は困るのである。ごはんをたべるぶんには、いま手許にお金が無くても、それは米屋、酒屋と話合った上で、どうにかやりくりして、そんなに困ることもあるまいけれど、煙草、郵便代、諸雑費、それに、湯銭、これらに、はたと当惑するのだ。私は、まだこの土地には、なじみが薄いし、また、よしんば、なじみの深い土地でも、煙草、切手は、現金ばらいで無ければいけないものだろう。それかといって、友人知己からお金を借りて歩くことは、もうもう、いやだ。死んだほうがいい。借銭のつらさは、骨のずいまで、しみている。死んでも、借金したくない。それゆえ私は、このごろ、とても、けちに、けちに暮している。友人と遊ぶときでも、敢然と、割勘《わりかん》を主張して、ひそかに軽蔑を買っている様子
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