まっているほど、まぶかに被《かぶ》り、流石《さすが》にその顔は伏せて、
「金を出せえ。」こんどは低く、呟くように、その興覚めの言葉を、いかにも自分ながら、ほとほとこれは気のきかない言葉だと自覚しているように、ぞんざいに言った。紺《こん》の印半纏《しるしばんてん》を裏がえしに着ている。その下に、あずき色のちょっと上等なメリヤスのシャツ。私の変に逆上《のぼ》せている気のせいか、かれの胸が、としごろの娘のように、ふっくらふくらんでいるように見えた。カアキ色のズボン。赤い小さな素足に、板|草履《ぞうり》をはいているので私は、むっとした。
「君、失敬じゃないか。草履くらいは、脱ぎたまえ。」
どろぼうは素直に草履を脱ぎ、雨戸の外にぽんと放擲《ほうてき》した。私は、そのすきに心得顔して、ぱちんと電燈消してしまった。それは、大いに気をきかせたつもりだったのである。
「さあ、電燈を消しました。これであなたも、充分、安心できるというものです。僕は、あなたの顔も、姿も、ちっとも見ていない。なんにも知らない。警察へとどけようにも、言いようがないのです。僕は、あなたの顔も、姿も、なんにも見ていないのだから。と
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