悠然と顛倒していた組に、ちがいなかった。江戸の小咄《こばなし》にも、あるではないか。富籤《とみくじ》が当って、一家狂喜している様を、あるじ、あさましがり、何ほどのこともないさ、たかが千両、どれ銭湯へでも行って、のんびりして来ようか、と言い澄まして、銭湯の、湯槽《ゆぶね》にひたって、ふと気がつくと、足袋をはいていた。まさしく、私もその類《たぐい》であった。ほんとうに、それにちがいなかった。いい気になって、どろぼうを、自分からすすめて家にいれてしまった。
「金を出せえ。」どろぼうは、のっそり部屋へはいるとすぐに、たったいま泣き声出しておゆるし下さいと詫《わ》びたひととは全く別人のような、ばかばかしく荘重な声で、そう言った。おそろしく小さい男である。撫《な》で肩で、それを自分でも内心、恥じているらしく、ことさらに肘《ひじ》を張り、肩をいからして見せるのだが、その気苦労もむなしく、すらりと女形のような優しい撫で肩は、電燈の緑いろを浴びて、まぎれもなかった。頸《くび》がひょろひょろ長く、植物のような感じで、ひ弱く、感冒除《かんぼうよ》けの黒いマスクをして、灰色の大きすぎるハンチングを耳が隠れてし
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