ら、どこかお若く見えるわ。奥さんだって、あんなにお綺麗で、あたしより若いくらい。いくつ違うのかしら。
(野中) 誰とですか?
(菊代) あたしと、よ。
(野中)(興味無さそうに)女房は、三十一です。
(菊代) じゃあ、あたしと八つも違うのね。ずいぶん若く見えるわ。家附き娘だけあって、貫禄《かんろく》はあるし、どこから見たって立派な奥さんだわ。先生は果報者ね。あんな奥さんだったら、養子もまんざらでないでしょう?
(野中)(いよいよ、不機嫌そうに)なぜ、あなたは、そんなつまらない事ばかり言うのです。よしましょう、もう、そんな話は。何かきょう僕に用事でもあって来たのですか?
(菊代)(平然と)お金を持って来たのよ。
(野中) お金を?
(菊代) そうよ。(帯の間から、白い角封筒を出し、歩いて野中教師の傍に寄り)先生、黙って、ね、何もおっしゃらずに、黙って、受け取って頂戴《ちょうだい》!
(野中)(無意識の如く払いのけ)なに、なんですか?
(菊代) いいのよ、先生。平気な顔して受け取ってよ。そうして、おすきなように使って頂戴。誰にも言っちゃ、いやよ。
(野中)(腕組みして苦笑する)わかりました
前へ 次へ
全55ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング