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菊代、声立てて笑う。
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(野中)(わざとまじめな顔になって)いや、笑いごとじゃありませんよ。僕たちだって、こんなナンセンスの春の枯葉かも知れないさ。十年間も、それ以上も、こらえて、辛抱して、どうやら虫のように、わずかに生きて来たような気がしているけれども、しかし、いつのまにやら、枯れて落ちて死んでしまっているのかも知れない。これからは、ただ腐って行くだけで、春が来ても夏が来ても、永遠によみがえる事がないのに、それに気がつかず、人並に春の来るのを待っていたりして、まるでもう意味の無い身の上になってしまっているんじゃないのかな。
(菊代)(あっさり)案外、センチメンタルね、先生は。しっかりなさいよ。先生はまだお若いわ。これからじゃないの。
(野中)(ちょっと本気に怒ったみたいに顔をしかめ)くだらん事を言っちゃいけない。僕はもう三十六です。都会の人たちと違って、田舎者《いなかもの》の三十六と言えば、もう孫が出来ている年頃だ。からかっちゃいけません。
(菊代) でも、先生にはまだお子さんがおひとりも無いじゃないの。だか
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