う。それは僕も知っているんだが、……しかし、いま、たしかに、……。
(奥田)(静かに)きょうは、ずいぶんお酔いになっていらっしゃるようですね。まあ、お上りなさいませんか。
(野中)(急にまた元気づいて)ああ、上らせてもらおう。(サンダルのようなものを脱いで縁側に上り、よろめき)きょうは、ひとつ、盛大にやろうじゃないか。このたびの教員大異動に於《お》いて、君も僕も、クビにならず、まず以《もっ》て無事であった。これを祝する意味に於いて、だ、(一升瓶とさかなを両手にぶらさげ部屋にはいり、部屋の上手《かみて》の襖《ふすま》をあけ)おうい、おうい。節子! (と母屋《おもや》に呼びかける)
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野中の妻、節子、登場。しかし、襖の外にしゃがんでいる形なので観客からは見えぬ。
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(野中)(その襖の外の節子に平目《ひらめ》を手渡しながら)たったいま、浜からあがった平目だ。刺身《さしみ》にしてくれ。奥田先生と今夜は、ここで宴会だ。いいかい、刺身をすぐに、どっさり持って来てくれ。どっさりだ
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