よ。待て、待て。一まいは刺身に、一まいは焼く、という事にしたらいい。もの惜しみをしちゃいけねえ。お前たちも、食べろ。いいかい、お母さんにも、イヤというほど食べさせろ。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから2字下げ]
節子、無言で静かに襖をしめる。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
(野中)(にやにや笑いながら一升瓶を持ったまま奥田の机の傍に坐り)どうも、ねえ、漁師まちの先生をしていながら、さかなが食えねえとは、あまりにみじめすぎるよ。
(奥田)(部屋の中央に持ち運んだ鍋《なべ》やら茶碗《ちゃわん》やらを、また部屋の隅《すみ》に片づけながら)さかなは、どうです、いま。新円になってから、すこしは安くなりましたか。
(野中)(苦笑して)安くならねえ。漁師の鼻息ったら、たいしたものさ。平目一まいの値段が、僕たちの一箇月分の給料とほぼ相似たるものだからな。このごろの漁師はもう、子供にお小遣いをねだられると百円札なんかを平気でくれてやっているのだからね。
(奥田) そう、そうらしいですね。(部屋の中央に据《す》えた小さな食卓も部屋の隅に取片づけ)子供たち
前へ 次へ
全55ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング