んです。」
「そう、結構でない。そう知りながら、どうして伊藤に忠告しなかったんだ。忠告を。」
「いいえ、ネクタイの事です。」
「ネクタイなんか、どうだっていい。お前の服装なんか、どうだってかまやしない。問題は、僕が伊藤と絶交するという事だけなんだ。それだけだ。あともう、言う事は無い。失敬する。みんな馬鹿野郎ばっかりだ。」
言い捨てて勘定も払わず蹌踉《そうろう》と屋台から出て行きます。さすが、抜け目ない柳田も、頭をかいて苦笑し、
「酒乱にはかなわねえ。腕力も強そうだしさ。仕末《しまつ》が悪いよ。とにかく、伊藤。先生のあとを追って行って、あやまって来てくれ。僕もこんどの君の恋愛には、ハラハラしていたんだが、しかし、出来たものは仕様が無えしなあ。あいつこそ、わからずやの馬鹿野郎だが、あれでまた、これから、うちの雑誌には書かねえなんて反《そ》り身《み》になって言い出しやがったら、かなわねえ。行ってくれ。行って、そうしてまあ、いい加減ごまかしを言って、あやまるんだな。御教訓に依って、目がさめました、なんて言ってね。」
僕は、すぐ笠井氏を追って屋台から出て、その時、振りかえってちらとトヨ公のお
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