かみを見たら、おかみは、顔を伏せていました。
「先生、お送りします。」
新橋駅で追いつき、そう言いますと、
「来たか。」
と予期していたような口調で言い、
「もう一軒、飲もう。」
雪がちらちら降りはじめていました。
「自動車を拾え。自動車を。」
「どこへ?」
「新宿だ。」
自動車の中で、笠井氏は、
「一ぱい飲んでフウラフラ。二はい飲んでグウラグラ。フウラフラのグウラグラ。」
とお念仏みたいな節《ふし》で低く繰りかえし繰りかえし唄い、そうして、ほとんど眠りかけている様子に見えました。
僕は、いまいましいやら、不安なやら、悲しいやら、外套《がいとう》のポケットから吸いかけの煙草をさぐり出し、寒さにかじかんだれいの問題の細長い指先でつまんで、ライタアの火をつけ、窓外の闇の中に舞い飛ぶ雪片を見ていました。
「伊藤は、こんどいくつになったんだい?」
まるっきり眠りこけているわけでも無かったのでした。二重廻しの襟《えり》に顔を埋めたまま、そう言いました。
僕は、自分の年齢を告げました。
「若いなあ。おどろいた。それじゃ、まあ、無理もないが、しかし、女の事は気をつけろ。僕は何も、あの
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