れは僕の意志ではないんだ。君はこの恋愛の進展につれて、君自身、僕のところへ来にくくなるだろう。謂《い》わば、互いにてれ臭く気まずくなり、僕は君に敬遠せられ、僕の意志に依《よ》らずとも、自然に絶交の形になるだろう。言いたいのは、それだけだ。では、失敬する。馬鹿野郎!」
 ふらふらと立ち上った時に、
「あの、失礼ですが、」
 と名刺片手に笠井氏に近づいた人は、れいの抜け目ない紳士、柳田でした。
「はじめて、おめにかかります。僕はこんなものですが、うちの伊藤君が、これまでいろいろお世話になりまして、いちど僕もご挨拶《あいさつ》にあがろうと思いながら、……つい、……。」
 笠井氏は柳田から名刺を受取り、近眼の様子で眼から五寸くらいの距離に近づけて読み、
「すると、君は編輯部長か。つまり、伊藤の兄貴分なのだね。僕は、君を、うらむ。なぜ、こうなる前に、君は伊藤に忠告しなかったんだ。へっぽこ部長だ、お前は。かえって、伊藤をそそのかしたんじゃないか。どだい、その、赤いネクタイが気に食わん。」
 しかし、柳田は平然と微笑し、
「ネクタイは、すぐに取りかえます。僕も、これは、あまり結構ではないと思っていた
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