「もう、とうに私どもは、夫婦わかれをしているのです。私どもは、気が合いません。」
と、落ちついて言い、笠井氏のコップになみなみと焼酎をつぎます。
「いや、それあ、君たち夫婦の事は、君たち夫婦でなければわからない。僕の知った事じゃない。どだい、興味が無い。また、伊藤(僕の名)たちの恋愛が、どんな具合いに進展しているのか、それも、ちっとも知りたくない。うん、この焼酎はなかなかいい。君、君、もう一ぱいくれ。それから、水をくれ。おうい、おかみさん、ここへも何か食べるものをくれ。しかし、少くとも僕は、他人の夫婦の離合集散や恋愛のてんまつなどに、失敬千万な興味などを持つような、そんな下品な男でだけは無いつもりだ。じつに、なんにも、興味が無い。」
笠井氏は既に泥酔《でいすい》に近く、あたりかまわず大声を張りあげて喚《わめ》き散らすので、他の酔客たちも興が覚めた顔つきで、頬杖《ほおづえ》なんかつきながら、ぼんやり笠井氏の蛮声に耳を傾けていました。
「ただ、この、伊藤に向って一こと言って置きたい事があるんだ。そのために、今晩ここへ立寄らせてもらったんだ。おい、伊藤君。僕は、君と絶交する。しかし、そ
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