、僕はこんな痩せっぽちで、顔色も蒼黒く、とにかくその容貌《ようぼう》風采《ふうさい》に於いては一つとしていいところが無いのは、僕だって、イヤになるほど、それこそ的確に知っているつもりです。けれども、僕の両手の指が、へんに細長く、爪《つめ》の色も薄赤く、他にほめるところが全く無いせいだろうと思いますが、これまでも実にしばしば女のひとにほめられて、握手を求められた事さえありました。
「なぜ?」
僕は、知っていながら、不審そうにたずねました。
「綺麗《きれい》な手。ピアノのほうでしょう?」
果して、そうでした。
「何、ピアノ?」
と、れいの抜け目の無い友人は、大袈裟《おおげさ》に噴《ふ》き出し、
「ピアノの掃除だって出来やしねえ。そいつの手は、ただ痩せているだけなんだよ。痩せた男が音楽家なら、ガンジー翁にオーケストラの指揮が出来るという理窟《りくつ》になる。」
傍の客たちも笑いました。
けれども、僕にはその夜、おかみから、まじめに一言ほめられた事が、奇妙に忘れられませんでした。これまでも、いろいろの女のひとから僕の手をほめられ、また、握手を求められた事さえあったのに、それらは皆、そ
前へ
次へ
全18ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング