台に行くのは、その夜がはじめてでしたが、しかし、その店はあの辺の新聞記者や雑誌記者、また作家、漫画家などの社交場みたいになっていて、焼酎を飲み、煙草を吸い、所謂《いわゆる》その日その日の「ホットニュウス」を交換し合い、笑い興じている場所だったのです。店の名前、といったようなものも別に無く、トヨ公とかトヨちゃんとか、その店のおやじの愛称らしいものが、その屋台の名前になっていました。トヨ公は、四十ちかい横太りの、額《ひたい》が狭く坊主頭で、眼がわるいらしく、いつも眼のふちが赤くてしょぼしょぼしていましたが、でも、ちょっと凄味《すごみ》のきく風態の男でした。おかみは、はじめ僕には三十すぎのひとのように見えましたが、僕と同年だったのです。いったいに、老《ふ》けて見えるほうでした。痩せて小柄で色が浅黒く、きりっとした顔立ちでしたが、無口で、あまり笑わず、地味で淋《さび》しそうな感じのするひとでした。
「こちら、音楽家でしょう?」
 僕の焼酎を飲む手つきを、ちらと見て、おかみはそう一こと言いました。来たな! と僕は思いました。器量の悪い女は、よくその髪をほめられると、チェホフの芝居にもありましたが
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