うんです。申しおくれましたが、当時の僕の住《すま》いは、東京駅、八重洲口《やえすぐち》附近の焼けビルを、アパート風に改造したその二階の一部屋で、終戦後はじめての冬の寒風は、その化け物屋敷みたいなアパートの廊下をへんな声を挙げて走り狂い、今夜もまたあそこへ帰って寝るのかと思うと、心細さ限りなく、だんだん焼酎など飲んで帰る度数がひんぱんになり、また友だちとの附き合い、作家との附き合いなどで、一ぱしの酒飲みになってしまいました。銀座のその雑誌社から日本橋のアパートへ帰るのに、省線か徒歩か、いずれにしても、新橋で飲むのが一ばん便利だったものですから、僕はたいていあの新橋辺の屋台を覗《のぞ》きまわっていたのでした。
 いつか、柳田という、れいの抜け目の無い、自分で自分の顔の表情を鏡を見なくても常に的確に感知できると誇称している友人、兼、編輯部長に連れられて、新橋駅のすぐ近くの川端に建って在るおでん屋へ飲みに行きました。そこもまた、屋台には違い無いのですが、奥が深く、土間にさまざまの腰掛けが並べられていて、それこそ、「お順につめる」と、十人くらいの客が楽に飲み食い出来たのです。僕にとっては、その屋
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