「へへ、いくら気取ったって、同じ人間じゃねえか」
なぜ、同じ[#「同じ」に傍点]だと言うのか。優《すぐ》れている、と言えないのか。奴隷《どれい》根性の復讐《ふくしゅう》。
けれども、この言葉は、実に猥《わい》せつで、不気味で、ひとは互いにおびえ、あらゆる思想が姦《かん》せられ、努力は嘲笑《ちょうしょう》せられ、幸福は否定せられ、美貌《びぼう》はけがされ、栄光は引きずりおろされ、所謂「世紀の不安」は、この不思議な一語からはっしていると僕は思っているんです。
イヤな言葉だと思いながら、僕もやはりこの言葉に脅迫せられ、おびえて震えて、何を仕様としてもてれくさく、絶えず不安で、ドキドキして身の置きどころが無く、いっそ酒や麻薬の目まいに依《よ》って、つかのまの落ちつきを得たくて、そうして、めちゃくちゃになりました。
弱いのでしょう。どこか一つ重大な欠陥のある草なのでしょう。また、何かとそんな小理屈《こりくつ》を並べたって、なあに、もともと遊びが好きなのさ、なまけ者の、助平の、身勝手な快楽児なのさ、とれいの牛太郎がせせら笑って言うかも知れません。そうして、僕はそう言われても、いままでは、た
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