斜陽
太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)幽《かす》かな

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)高等|御《おん》下宿

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号)
(例)※[#「女+章」、第4水準2−5−75]
−−

     一

 朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、
「あ」
 と幽《かす》かな叫び声をお挙げになった。
「髪の毛?」
 スウプに何か、イヤなものでも入っていたのかしら、と思った。
「いいえ」
 お母さまは、何事も無かったように、またひらりと一さじ、スウプをお口に流し込み、すましてお顔を横に向け、お勝手の窓の、満開の山桜に視線を送り、そうしてお顔を横に向けたまま、またひらりと一さじ、スウプを小さなお唇のあいだに滑り込ませた。ヒラリ、という形容は、お母さまの場合、決して誇張では無い。婦人雑誌などに出ているお食事のいただき方などとは、てんでまるで、違っていらっしゃる。弟の直治《なおじ》がいつか、お酒を飲みながら、姉の私に向ってこう言った事
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