でも、もう四、五日は大丈夫だろうという事で、その日いったん皆さんが自動車で東京へ引き上げたのである。
 皆さんをお送りして、お座敷へ行くと、お母さまが、私にだけ笑う親しげな笑いかたをなさって、
「忙しかったでしょう」
 と、また、囁《ささや》くような小さいお声でおっしゃった。そのお顔は、活《い》き活《い》きとして、むしろ輝いているように見えた。叔父さまにお逢い出来てうれしかったのだろう、と私は思った。
「いいえ」
 私もすこし浮き浮きした気分になって、にっこり笑った。
 そうして、これが、お母さまとの最後のお話であった。
 それから、三時間ばかりして、お母さまは亡くなったのだ。秋のしずかな黄昏《たそがれ》、看護婦さんに脈をとられて、直治と私と、たった二人の肉親に見守られて、日本で最後の貴婦人だった美しいお母さまが。
 お死顔は、殆《ほと》んど、変らなかった。お父上の時は、さっと、お顔の色が変ったけれども、お母さまのお顔の色は、ちっとも変らずに、呼吸だけが絶えた。その呼吸の絶えたのも、いつと、はっきりわからぬ位であった。お顔のむくみも、前日あたりからとれていて、頬《ほお》が蝋《ろう》のよ
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