を呑む。」
「女にも一杯ビイルをすすめる。」
「いや、すすめない。女には、サイダアをすすめる。」
「夏かね?」
「秋だ。」
「ただ、そうしてぼんやりしているのか?」
「ありがとうと言う。それは僕の耳にさえ大へん素直にひびく。ひとりで、ほろりとする。」
「宿屋へ着く。もう、夕方だね。」
「風呂へはいるところあたりから、そろそろ重大になって来るね。」
「もちろん一緒には、はいらないね? どうする?」
「一緒には、どうしてもはいれない。僕がさきだ。ひと風呂浴びて、部屋へ帰る。女は、どてらに着換えている。」
「そのさきは、僕に言わせて呉れ。ちがったら、ちがった、と言って呉れたまえ。およその見当は、ついているつもりだ。君は部屋の縁側の籐椅子《とういす》に腰をおろして、煙草をやる。煙草は、ふんぱつして、Camel だ。紅葉の山に夕日があたっている。しばらくして、女は風呂からあがって来る。縁側の欄干《らんかん》に手拭《てぬぐい》を、こうひろげて掛けるね。それから、君のうしろにそっと立って、君の眺めているその同じものを従順《おとな》しく眺めている。君が美しいと思っているその気持をそのとおりに、汲《く》
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