んでいる。ながくて五分間だね。」
「いや、一分でたくさんだ。五分間じゃ、それっきり沈んで死んでしまう。」
「お膳《ぜん》が来るね。お酒がついている。呑むかね?」
「待てよ。女は、東京駅で、おそくなりまして、と言ったきりで、それからあと、まだ何も言ってやしない。この辺で何か、もう一ことくらいあっていいね。」
「いや、ここで下手《へた》なことを言いだしたら、ぶちこわしだ。」
「そうかね。じゃまあ、だまって部屋へはいって、お膳のまえに二人ならんで坐る。へんだな。」
「ちっともへんじゃない。君は、女中と何か話をしていれば、それで、いいじゃないか。」
「いや、そうじゃない。女が、その女中さんをかえしてしまうのだ。こちらでいたしますから、と低いがはっきり言うのだ。不意に言うのだ。」
「なるほどね。そんな女なのだね。」
「それから、男の児のような下手な手つきで、僕にお酌《しゃく》をする。すましている。お銚子《ちょうし》を左の手に持ったまま、かたわらの夕刊を畳のうえにひろげ、右の手を畳について、夕刊を読む。」
「夕刊には、加茂川の洪水の記事が出ている。」
「ちがう。ここで時世の色を点綴《てんてい》させ
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