圭介に似てゐた。それだけで、何もかも、判るだらう。洋服のときはゴルフパンツである。堂々の押し出しで、顏も美しかつた。たまに、學校へ人力車に乘つてやつて來て、祕書をしたがへ、校内を一巡する。和服に、絹の白手袋、銀のにぎりのステツキである。一巡して、職員たちに見送られ、人力車に乘つて悠々、御歸館。立派であつた。それこそ、兄貴の言葉ではないが、教育界にゐてそんなことをしたからこそ、失敗なので、あれで、當時の政黨にゐて動いてゐたなら、あるひは成功したのかも知れない。不幸な人であつた。
校長には、息子があつた。やはり弘前高等學校の理科に在籍してゐた。私は、その人とは、口をきいたこともなかつたが、それでも、校長の官舍と、私の下宿とは、つい近くだつたので、登校の途中、ちらと微笑をかはすことがあつて、この人は、その、校長追放の騷ぎの中で、氣の毒であつた。
校長は、全校の生徒を講堂に集めて、おわびをした。このたびは、まことにすまない、ゆるしてもらひたい、と堂々の演説口調で言つたので、生徒は、みんな笑つた。どろぼう! と叫んだ熱血兒もあつた。校長は、しばらく演壇で立往生した。私のちかくに、校長の息子が
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