ゐた。うつむいて、自分の靴の先のあたりを、じつと見つめてゐた。よく、できるひとで、クラスのトツプだつたらしいが、いまは、どうしてゐるだらう。
鈴木校長が檢事局につれて行かれて、そのつぎに來たのは、戸澤とかいふひとであつた。私は、ひとの名前を忘れ易く、この校長のお名前も、はつきり憶えてゐない。間違つてゐるかも知れない。菊池幽芳氏の實弟である。寫眞で見る、あの菊池幽芳氏と、たいへんよく似てゐた。小柄で、ふとつて居られた。英文學者の由であつた。軍事教練の査閲のときに、校長先生に敬禮! といふ號令がかかつて、私たちは捧《ささ》げ銃《つつ》をして、みると、校長は、秋の日ざしを眞正面に受けて、滿面これ含羞の有樣で、甚だ落ちつきがなかつた。ああ、やつぱり幽芳の弟だな、とそのときなつかしく思つた。この校長のときに、私たちは卒業したのである。その後のことは、さつぱり知らない。
底本:「太宰治全集11」筑摩書房
1999(平成11)年3月25日初版第1刷発行
初出:「帝國大學新聞」
1938(昭和13)年10月31日号
入力:向井樹里
校正:小林繁雄
2005年1月7日作成
青空文庫作
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