、いいそうです。」
「そうです。格式のある家でなければ、だめです。寺田屋へ行けばよかった。」
 女中さんは、なぜだか、ひどく笑った。声をたてずに、うつむいて肩に波打たせて笑っているのである。私も、意味がわからなかったけれども、はは、と笑った。
「お客さんは、料理屋などおきらいかと思っていました。」
「きらいじゃないさ。」私も、もう気取らなくなっていた。宿屋の女中さんが一ばんいいのだと思った。
 お勘定をすまして出発する時も、その女中さんは、「行っていらっしゃい。」と言った。佳い挨拶だと思った。
 相川行のバスに乗った。バスの乗客は、ほとんど此の土地の者ばかりであった。皮膚病の人が多かった。漁村には、どうしてだか、皮膚病が多いようである。
 きょうは秋晴れである。窓外の風景は、新潟地方と少しも変りは無かった。植物の緑は、淡《あわ》い。山が低い。樹木は小さく、ひねくれている。うすら寒い田舎道《いなかみち》。娘さんたちは長い吊鐘《つりがね》マントを着て歩いている。村々は、素知らぬ振りして、ちゃっかり生活を営んでいる。旅行者などを、てんで黙殺している。佐渡は、生活しています。一言にして語ればそ
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