ます。」なんの情緒も無かった。
 宿へ帰ったのは、八時すぎだった。私は再び、さむらいの姿勢にかえって、女中さんに蒲団《ふとん》をひかせ、すぐに寝た。明朝は、相川へ行ってみるつもりである。夜半、ふと眼がさめた。ああ、佐渡だ、と思った。波の音が、どぶんどぶんと聞える。遠い孤島の宿屋に、いま寝ているのだという感じがはっきり来た。眼が冴《さ》えてしまって、なかなか眠られなかった。謂《い》わば、「死ぬほど淋しいところ」の酷烈《こくれつ》な孤独感をやっと捕えた。おいしいものではなかった。やりきれないものであった。けれども、これが欲しくて佐渡までやって来たのではないか。うんと味わえ。もっと味わえ。床の中で、眼をはっきり開いて、さまざまの事を考えた。自分の醜さを、捨てずに育てて行くより他は、無いと思った。障子《しょうじ》が薄蒼くなって来る頃まで、眠らずにいた。翌朝、ごはんを食べながら、私は女中さんに告白した。
「ゆうべ、よしつねという料理屋に行ったが、つまらなかった。たてものは大きいが、悪いところだね。」
「ええ、」女中さんは、くつろいで、「このごろ出来た家ですよ。古くからの寺田屋などは、格式もあって
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