、薄笑いした。
「福田旅館は、ここでは、いいほうなんだろう?」あてずっぽうでも無かった。実は、新潟で、生徒たちから、二つ三ついい旅館の名前を聞いて来ていたのだ。福田旅館は、たしかにその筆頭に挙げられていたように記憶していた。先刻、港の広場で、だんなと声をかけられ、ちらと提燈を見ると福田と書かれていたので、途端に私も決意したのだ。とにかく、この夷《えびす》に一泊しようと。「今夜これから直ぐに相川まで行ってしまおうかとも思っていたのだが、雨も降っているし心細くなっているところへ、君が声をかけたんだ。提燈を見たら、福田旅館と書かれていたので、ここへ一泊と、きめてしまったんだ。僕は、新潟の人から聞いて来たんだ。提燈を見て、はっと思い出したのだ。君のところが一等いい宿屋だと皆、言っていたよ。」
「おそれいります。」番頭は、当惑そうに頭へ手をやって、「ほんの、あばらやですよ。」しゃれた事を言った。
 宿へ着いた。あばらやでは無かった。小さい宿屋ではあるが、古い落ちつきがあった。後で女中さんから聞いた事だが、宮様のお宿をした事もあるという。私の案内された部屋も悪くなかった。部屋に、小さい炉が切ってあ
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