った。風呂へはいって鬚《ひげ》を剃《そ》り、それから私は、部屋の炉の前に端然と正座した。新潟で一日、高等学校の生徒を相手にして来た余波で私は、ばかに行儀正しくなっていた。女中さんにも、棒を呑んだような姿勢で、ひどく切口上な応対をしていた。自分ながら可笑《おか》しかったが、急にぐにゃぐにゃになる事も出来なかった。食事の時も膝《ひざ》を崩さなかった。ビイルを一本飲んだ。少しも酔わなかった。
「この島の名産は、何かね。」
「はい、海産物なら、たいていのものが、たくさんとれます。」
「そうかね。」
 会話が、とぎれる。しばらくして、やおら御質問。
「君は、佐渡の生れかね。」
「はい。」
「内地へ、行って見たいと思うかね。」
「いいえ。」
「そうだろう。」何がそうだろうだか、自分にもわからなかった。ただ、ひどく気取っているのである。また、しばらく会話が、とぎれる。私は、ごはんを四杯たべた。こんなに、たくさんたべた事は無い。
「白米は、おいしいね。」白米なのである。私は少したべすぎたのに気がついて、そんなてれ隠しの感懐を述べた。
「そうでしょうか。」女中さんは、さっきから窮屈がっているようである。
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