る、といろいろの例証をして、くわしく説明してくれた。私は、佐渡の上陸第一歩に於いても、その土の踏み心地を、こっそりためしてみたのであるが、何という事も無かった。内地のそれと、同じである。これは新潟の続きである、と私は素早く断案を下した。雨が降っている。私は傘《かさ》もマントも持っていない。五尺六寸五分の地質学者は、当惑した。もうそろそろ佐渡への情熱も消えていた。このまま帰ってもいいと思った。どうしようかと迷っていた。私は、港の暗い広場を、鞄をかかえてうろうろしていたのである。
「だんな。」宿の客引きである。
「よし、行こう。」
「どこへですか?」老いた番頭のほうで、へどもどした。私の語調が強すぎたのかも知れない。
「そこへ行くのさ。」私は番頭の持っている提燈《ちょうちん》を指さした。福田旅館と書かれてある。
「はは。」老いた番頭は笑った。
 自動車を呼んで貰って、私は番頭と一緒に乗り込んだ。暗い町である。房州あたりの漁師まちの感じである。
「お客が多いのかね。」
「いいえ、もう駄目です。九月すぎると、さっぱりいけません。」
「君は、東京のひとかね。」
「へへ。」白髪の四角な顔した番頭は
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