らば、
それをそのまま言えばよい。(ファウスト)
[#ここで字下げ終わり]
「はい。」という女のように優しい素直な返事が二階の障子の奥から聞えて来たので、私は奇妙に拍子抜けがした。いやしくも熊本君ともあろうものが、こんな優しい返事をするとは思わなかった。青本女之助とでも改名すべきだと思った。
「佐伯だあ。あがってもいいかあ。」少年佐伯のほうが、よっぽど熊本らしい粗暴な大声で、叫ぶのである。
「どうぞ。」
実に優しかった。
私は呆れて噴き出した。佐伯も、私の気持を敏感に察知したらしく、
「ディリッタンティなんだ。」と低い声で言って狡猾《こうかつ》そうに片眼をつぶってみせた。「ブルジョアさ。」
私たちは躊躇せず下宿の門をくぐり、玄関から、どかどか二階へ駈けあがった。
佐伯が部屋の障子をあけようとすると、
「待って下さい。」と懸命の震え声が聞えた。やはり、女のように甲高《かんだか》い細い声であったが、せっぱつまったものの如く、多少は凜《りん》としていた。「おひとり? お二人?」
「お二人だ。」うっかり私が答えてしまった。
「どなた? 佐伯君、一緒の人は、誰ですか?」
「知らない。」
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