佐伯は私の実行力を疑い、この企画に躊躇《ちゅうちょ》していたようであったが、私は、少年の逡巡《しゅんじゅん》の様を見て、かえって猛《たけ》りたち、佐伯の手を引かんばかりにして井の頭の茶店を立ち出で、途中三鷹の私の家に寄って素早く鬚《ひげ》を剃《そ》り大いに若がえって、こんどは可成りの額の小遣銭《こづかいせん》を懐中して、さて、君の友人はどこにいるか、制服制帽を貸してくれるような親しい友人はいないか、と少年に問い、渋谷に、ひとりいるという答を得て、ただちに吉祥寺駅から、帝都電鉄に乗り、渋谷に着いた。私は少し狂っていたようである。
神宮通りをすたこら歩いた。葉山家、映画の会は、今夜だという。急がなければならぬ。
「ここです。」少年は立ちどまった。
古い板塀の上から、こぶしの白い花が覗いていた。素人《しろうと》下宿らしい。
「くまもとう!」と少年は、二階の障子《しょうじ》に向って叫んだ。
「くまもと、くん。」と私も、いつしか学生になったつもりで、心易く大声で呼びたてた。
第四回
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ワグネル君、
正直に叫んで、
成功し給え。
しんに言いたい事があるな
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