うには
十字架に
のぼらなければ
なるまいか
(イヴァン・ゴル)
F
てるは、解雇された。美濃とのあいだが露見したからでは無い。ふたりは、ひとめを欺く事には巧みであった。てるは、その物腰の粗雑にして、言語もまた無礼きわまり、敬語の使用法など、めちゃめちゃのゆえを以《もっ》て解雇されたのである。
美濃は、知らぬ振りをしていた。
三日を経て、夜の九時頃、美濃十郎は、てるの家の店先にふらと立っていた。
「てるは、いますか? 僕は美濃です。」
出て来たのは、眼のするどい瘠《や》せがたの青年であった。勘蔵である。
「あ、」勘蔵は屹《き》っとなって、「てる坊!」と奥のほうへ呼びかけた。
「しつれいします。」そのまま美濃は、店先から離れて、蹌踉《そうろう》と巷《ちまた》へひきかえした。ぞろぞろ人がとおっていた。
息せき切って、てるが追いかけて来た。美濃のからだに、右から左からまつわりつくようにして歩きながら、
「え? なぜ、来たの? あたしは、手癖がわるいのよ。追い出されたのよ。あたしの家、きたなくて、驚いたでしょう? でも、おねがい、
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