ばかにしないで、ね。家の人たち、みんなやさしいのだもの。一生懸命やっているのよ。笑っているの? なぜ、だまっているの?」
「君には、おむこさんがあるのだね。」
「あら、あたし、こんな恰好して、みっとも無いのね。」急に老《ふ》けた口調でそんな事を呟き、顔を伏せた。「このごろ、ろくすっぽ髪も結わないのよ。」
「あの人と、わかれること、出来ないか。僕は、なんでもする。どんな苦しい事でも、こらえる。」
 てるは、答えなかった。
「いいんだ、いいんだ。」美濃は、逃げるように足を早めた。「いいんだ、だいじょうぶだ。お互い死なない事だけは、約束しよう。なんて言いながら、危いのは、僕のほうなんだからなあ。」
 ふたり、まっすぐを見つめたまま、せっせと歩いた。ただ、歩いた。歩いた。千里も歩いた。

        G

 美濃十郎は、実業家三村圭造の次女ひさと結婚した。帝国ホテルで華麗の披露宴を行った。その時の、新郎新婦の写真が、二、三の新聞に出ていた。十八歳の花嫁の姿は、月見草のように可憐であった。

        H

 みんな幸福に暮した。



底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房
  
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